大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)5207号 判決 1988年11月22日
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用(補助参加費用を含む。)は、原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、別紙預金債権目録の「預金債権額」欄記載の金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告らは、被告に対し、昭和五八年一〇月一〇日までに預金を行い、同日現在、別紙預金債権目録記載の預金債権をそれぞれ有する。
なお、本件預金の権利者が原告ら個人であることの理由の詳細は、以下に述べるとおりである。
(一) 被告発行の「手引」
本件預金は、長期団体預金の一種の闘争積立金としての性格を有するものであるところ、被告発行の「労金利用の手引」、「長期団体預金の手引」のいずれも闘争積立金は組合員各人が預金者であり、組合はその窓口になっているにすぎないことを明言している。すなわち、
「労金利用の手引」は、労働金庫に預けられている資金の種類の一つとして、「長期団体預金」を挙げ、「闘争に備えて又は組合員の福利厚生のために、全組合員が一斉に積立てる預金です」、「積立金の持分はもちろん組合員個人のものです」と積立金の主体と権利者が組合ではなく、組合員個人であると説明している。また、「長期団体預金の手引」では、「長期団体預金は全組合員が一斉に預金をし、それを組合名義で一括預入れをするという制度です」、「預入れは、組合名義で一括して預け入れ、個人別の内訳は内訳明細表によって行います」、「この積立金の管理は組合が行います」として、組合は預入れや払戻しの手続を管理する窓口にすぎず、預金債権者が組合員個人であることをより明確に指摘している。そして、事務処理上も組合は被告労働金庫と組合員の双方の窓口となるにすぎず、預入れや払戻しを「経由」するにすぎないことを明記している。
そして、被告労働金庫は預け入れられた組合員の預金を個人的に管理し、個人別積立金内訳明細表や個人別残高通知書も作成し発行することとされている。
右の各説明は、闘争積立金は決して組合の財産ではなく、あくまで組合員個人の財産であることを強調しているのであって、原告らもこの預金を右のとおり理解をして積立をしてきたのである。
(二) 闘争積立金の性格
闘争積立金は、主としてストライキなどの闘争の際の賃金カットによる生活資金の補填のために各組合員が積立てておくものであり、組合の指導によって積立がなされるとはいえ、組合費と異なり、全く任意の積立であり、強制されないものである。
労働組合は、組合費用を主とする組合財産のうち、一部を特別会計として犠牲者救援基金を設けることがあるが、これは組合財産であり、組合員個人の積立金とは全く性格が異なる。
したがって、闘争積立金は組合員個人のものであるから、組合がそれを組合資金として、又は他の組合員のために流用することは許されず、生活資金の補填が必要となった場合等に預金者である各組合員自身が、払戻しを受けるものである。ただ、一旦組合員に払い戻すと再び積立てるのが困難となるので、組合員はその積立金を担保として被告から一時借入れをすることが多く、そのように利用できるように、積立規定で定められていることが多い。
(三) 労働組合の会計
闘争積立金は、右のとおり組合財産ではないから、一般会計等の組合会計とは別に管理されており、組合財政の会計報告でも財産としては計上されない。
(四) 右のとおり被告が発行した前記の各「手引」や闘争積立金の性格等から、本件預金の預金者は原告ら個人であることは明らかである。
2 原告らは、被告に対し、次の理由により本件預金につき、直ちに、払戻しを請求することができる。
(一) 原告らの本件預金は、補助参加人組合に対する「資本の攻撃に対し組合員の生活と権利を守り発展させるために」(乙第一号証の支部闘争積立基金規定(以下「本件積立規定」という。)第一条)積立ておくべきものではなく、もはや、その目的や必要性が消滅した。すなわち、
本件闘争積立金制度は昭和五五年一〇月に制定されたのであるが、これを制定した全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部(以下「生コン支部」又は「支部」という。)は、昭和五八年一〇月一〇日当時の武建一委員長らが脱退し、武建一を委員長とする運輸一般関西生コン支部労働組合が結成された(補助参加人組合は同組合が名称変更したものである。)ことによって事実上分裂した。
本件積立規定に基づく、本件預金は生コン支部が統一した団体である労働組合である限りにおいて有効に機能したのであって、昭和五八年一〇月一〇日以降は存在意義がなくなった。
本件ではこのように原告らのうちの一部の者が所属する組合と補助参加人組合とに事実上分裂してしまっており、本件積立規定に基づいて積立をした組合員もそれぞれの組合に分かれて所属する状態となっている。このような状態の下では、本件積立規定は事実上その効力を失ったものとみるべきである。なぜなら、いずれの組合も昭和五八年一〇月一〇日の分裂以降は右規定に基づいて組合員から闘争積立金を徴収することも、また、この規定によって被告労働金庫から闘争資金を借り受けることも、事実上不可能となってしまったからである。
以上よりして、本件闘争積立金は制度の目的から解放された、純然たる組合員個人の預金として、原告らは何の制約もなく、被告に対し、払戻しを請求することができ、これに対し、被告は払い戻す以外にないのである。
(二) 本件預金の性質と運用からも、被告は、原告らに対し、速やかに右預金の払戻しをしなければならない。
本件預金の払戻しは、「労金利用の手引き」(甲第七号証)によれば「退職とか非組合員になるなど組合員の身分を失えば払戻しされます」とされ、「長期団体預金の手引き」(甲第八号証)によれば「この預金は原則として次の事由による外払戻しはしないようにします。(イ)退職、(ロ)死亡、(ハ)組合の機関決定による特別事由」とされている。本件積立規定は「退職その他の理由により組合員の資格を失った時は積立金金額相当額を七日以内に支払うものとする」と定めている。
要するに、被告の本件闘争積立金は、当該労働組合員の身分を失ったときは組合員に払い戻すべきものとされていることは明らかである。
生コン支部は、前述のとおり、昭和五八年一〇月一〇日、集団脱退により事実上分裂した。原告らは事実上分裂した時期から補助参加人の組合員ではなくなっており、当時から原告らは補助参加人との関係で「組合員の資格を失った時」に該当していることは明らかであるので、原告らが本件預金の払戻しを受けることができることはいうまでもない。
被告は、原告らが補助参加人の組合員であるかどうかについて自ら調査し、組合員でないと判断すれば、補助参加人に関係なく本件預金を原告らに払い戻せばよいだけである。
(三) 本件闘争積立預金は、組合員個人の預金である。ただ、本件闘争積立金制度の目的に由来するところの制約が伴っている。
ところで、本件闘争積立金制度の目的は、闘争時における組合員の生活資金の援助であり、その具体的な使用方法は、本件積立金を担保として、闘争資金を労働金庫から借り受ける、いいかえれば闘争資金借入れのための担保として活用するというものである。
そして、本件闘争積立金制度の目的からくるところの制約は生コン支部の事実上の分裂により消滅し、本件積立規定による積立金制度は、その存在理由を失ったものというべきである。その結果、本件闘争積立金は制度の目的から解放された純然たる組合員個人の預金となったので、被告は、原告らに対し、本件預金を直ちに払い戻さなければならない。
(四) 被告は、右(一)ないし(三)の理由により本件闘争積立金を原告ら個人に払い戻すについて何ら支障は存在しない。すなわち、
本件闘争積立金は、その活用の方法として、これを担保として、被告から闘争資金を借り受けることにある。ところで本訴請求に係るそれぞれの積立金については、何ら担保には供されていない。したがって、被告としてもこれを原告らに払い戻すについて、実質的な障害は全く存在しない。
3 よって、原告らは、被告に対し、それぞれ別紙預金債権目録の「預金債権額」欄記載の金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否(被告)
1 請求の原因1、2は否認する。
2(一) 被告と原告らとの間には別紙預金債権目録記載の金員について預金契約は存在しない。原告らの請求の内容をみると、それらは被告福島支店に存在する左記預金口座の内訳の一部である。
記
大阪市西区川口二丁目四番二号
全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部
執行委員長 武 建一
(二) 右預金は組合の闘争積立金であり、組合が各組合員から積立金を徴収したものであり、組合が組合員との関係で各個人別の内訳を作成して管理しており、被告は組合から提出された内訳に従いこれを預り保管しているものである。すなわち、
(1) 原告らは、被告との間は何ら契約関係に立っていない。甲第八号証において長期団体預金の説明がなされているが、その中で、<1>組合員の全員が大会などの機関決定より積立てる預金であること<2>払戻事由は(イ)退職(ロ)死亡(ハ)組合の機関決定による特別な事由 の三つに限定し、<3>管理について長期団体預金積立規定により組合が行うことが明記されている。これらの内容を見れば組合員個人の持分の問題は組合員対組合との関係であり、被告からすれば、それは預金者である組合の内部事情である。被告が発行する個人別残高通知書も「組合に代って」発行するものであり、被告は組合に代って保管しているにすぎない。利息の配分にしても「組合員各人に対する利息の配分はどうするか、というようなことは、いわば労働組合と組合員との間の取り決めですから、組合内部の実情に応じて自由に決めることができます」と明記されている(甲第八号証)。
(2) 本件闘争積立金の積立を始めるに当たって、被告は生コン支部から乙第一号証(本件積立規定)を差し入れてもらっているが、その第五条においても「退職その他の理由により、組合員の資格を失った時は、積立金全額相当額を七日以内に支払うものとする」と規定されているように、払戻しの事由、払戻しの方法、払戻しの金額、利息の扱い等、すべて組合員と組合との関係であって、被告の関知するところではない。被告は、組合が組合員に対して払戻しをする必要が生じた場合、乙第二号証の「中途解約連絡表」の提出を受けて、組合から乙第三号証の払戻請求書が出されて、はじめて組合に対して払戻しをしているにすぎない。
なお、税金面でもこの預金は法人預金であり、個人についてのいわゆるマル優制度(少額貯蓄非課税制度)の適用はない。
(3) 以上のように、被告と原告らとの間には何ら債権債務関係は存在しないものである。
三 補助参加人の主張
1 原告らは、本件闘争積立金が原告ら組合員個人の預金であることが明らかであると主張する。しかしながら、原告らの右主張は、闘争積立金の本質を理解しない議論である。
闘争積立金は、本件積立規定の第一条、第二条記載の趣旨、目的に基づいて設けられたものである(乙第一号証)。
右規定の第三条は、積立方式について組合員各人の積立目標額を定め、目標達成の責任を分会全体に負わせている。また、組合員一人当たりの月当たり最低積立額を定めている。
第四条では、積立金の管理を支部で行い、管理運営は支部執行委員の責任において行うこと等が定められている。
第五条には、一定の事由が生じた時に、積立金を払い戻すことが規定されている。同条の定めには主語はないが、同条は、「支部」が組合員に対し払い戻す趣旨の規定であることは明白である。
積立金の運用については、第七条に定めがあるが、同条からも明らかなように個々の組合員の意思を問わず、支部委員会又は執行委員会の判断で、これを担保に供するなどして運用することができることになっている。
右各規定から、本件積立金は、同規定の第二条の目的を達するために、組合員らが管理運営を組合に委託した、組合に対する預託金であることが明らかであり、組合員個々人の被告に対する預金ではない。
2 原告らは、事実上の分裂により、闘争積立金の目的や必要性が消滅したとか、本件積立規定は事実上その効力を失ったとみるべきであるとか、あるいは闘争積立金としての制約が消滅したとか主張する。
しかしながら、既に述べたとおり、本件預金の預金者は組合であることが明らかなのであるから、仮に組合に事実上の分裂が起こったとしても、預金者が組合から組合員個々人に変わるはずがない。組合と被告間の契約が、当事者の合意もなしに組合員と被告間の契約に変わるはずがないのである。
したがって、原告らの主張はその前提においてそもそも根本的に誤っている。仮に、右の点は措いても、原告らの主張はそれ以外にも誤りがある。原告らは組合の事実上の分裂により闘争積立金の目的や必要性あるいは制約が消滅したというが、分裂のゆえに何故目的、必要性あるいはその制約が消滅するのか合理的な説明はない。本件積立規定の第一条、第二条の目的や必要性は、今も消滅していないことは明らかである。
問題は、預金者であった組合を引き継ぎ、本件預金の預金者であるのは、補助参加人組合か、原告岡元らの所属する組合かであり、その争点は、他の財産権争いの場合と全く同一である。この点は、別途判断されるべきものである。
3 原告らは、組合員個々人に払い戻すについて支障はないとも主張するが、前述のとおり、そもそも本件預金の権利者は組合であるから、組合員個々人に対する払戻しの支障の存否を論じても意味がない。
第三 証拠<省略>
理由
一 まず、請求の原因1につき、本件預金の権利者が原告ら各個人であるか否かについて検討する。
<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、<証拠>のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信し難く、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
1 生コン支部は、結成以来、活発な組合活動を展開してきたが、要求実現のため争議行為に訴える必要性が高まる状況の下、争議行為が長期に及んだ場合に、争議行為中の組合員の生活費を保障し、もって、組合の闘争力を強化するための制度として、昭和五五年六月ころから、生コン支部内で本件闘争積立金制度の採用が議論されるようになり、昭和五五年一〇月、支部大会において、右制度の採用が決議された。
2 そこで、生コン支部は、昭和五五年一〇月、被告(福島支店)に預金口座を開設し、被告に対し、右預金口座の名義人として、大阪市西区川口二丁目四番二号全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部、執行委員長武建一の名と、その取引印鑑として右生コン支部の印鑑の各届出をし、併せて、本件積立規定を作成して、被告に対し、これを交付した。これに対し、被告は、右名義の預金通帳を作成して発行し、これを生コン支部に交付した。
3 本件積立規定の第一条は、全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部は、資本の攻撃に対し、組合員の生活と権利を守り発展させるために設けるものとするとし、第二条は、右積立の目的につき、この積立は、第一条に示されていることを実践するために資本の攻撃が発生した場合、それと有効に対処して行くうえにおいての財政的措置を日常的に確立することを目的とする。セメント生コン産業の民主的発展と労働者の生活と諸権利を維持向上させ、組合員の経済的社会的地位向上を不断に発展させることをめざし、資本の不当不法な攻撃に対し有効に反撃するための財政を日常的に確立することによって解決させることを目的とするとしている。
第三条は、積立方式について組合員各人の積立目標額を定め、目標達成の責任を分会全体に負わせ、また、組合員一人当たりの月当たり最低積立額を定めている。
第四条では、積立金の管理は支部でこれを行い、その管理運営は支部執行委員の責任において行うこと、その保管は被告が行うこと等が定められている。
第五条は、一定の事由が生じた時に、積立金を払い戻すことを規定してある。これは「支部」が組合員に払い戻す趣旨を予定したものとなっている。
第六条は、利息について、これを組合と組合員間の問題として、「利息については、各人の預金実績に応じて積立残高に加算する。」と定めている。
積立金の運用については第七条に定めがあり、同条は、支部委員会又は執行委員会の機関決定に基づき、支部は、積立金を担保に供して被告から金員の借入れをすることができることになっている。
なお、生コン支部内での議論の過程で作成された闘争資金積立金規定案中には、「この闘争資金は組合員個人の所有資金である。」と明記されていたが、本件積立規定中には、右と同旨の表現はない。
4 本件預金の積立、払戻し等の事務処理ないし手続、その保管の実際は次のとおりである。
(一) 本件預金については、補助参加人組合が前記の預金通帳と届出印鑑を保管している。なお、組合員個人については、支部からの個人明細の提出により被告は、個人台帳として積立金内訳明細表を作成し、これを保管するが、組合員個人については、それ自体の通帳は存しないし、届出印鑑というものもない。
(二) 組合員の積立額は、本件積立規定第三条ロのとおり、積立目標額を一人につき金三〇万円と定め、毎月、原則として生コン関係組合員一人三〇〇〇円以上、その他の職種及び特殊な地域は一人一〇〇〇円以上とし、最低積立額が決められている。
(三) 支部の構成単位である分会は、各分会員の積立に係る金員につき、入金明細表を作成してこれを支部に交付する一方、会社による賃金からの天引きにより、所属の分会員から徴収してこれを支部に送付し、その後生コン支部において、支部の名において、右入金明細書と右金員を交付してこれを預け入れた。
なお、右入金明細表は、便宜、右の闘争積立金のほかに、組合員個人の労働金庫に対する返済金の額と組合員個人の労働金庫に対する預金である「くらしの預金」の預金額も併せて記載される形式になっており、分会がこれら金員を徴収した後、入金明細表とともに右各金員を支部に交付し、生コン支部が右金員を入金明細書とともに被告に交付して預け入れていた。
もっとも、昭和五八年一〇月一〇日、本件預金の名義人組合である生コン支部に事実上の分裂という組織問題が発生した後は、闘争積立金の積立はなされないまま今日に至っている。
(四) 生コン支部は、支部の執行委員会の決議に基づいて、昭和五八年七月一五日、犠牲者救援基金からの、争議行為中の組合員に対する生活費の貸付金に充てるため、本件預金を担保に入れて、被告から金七〇〇〇万円を借り入れたことがある。
(五) 被告は、支部からの指示に基づき、組合に代わって、組合員各人ごとに積立金内訳明細表を作成し、これを一年ごとに集計して、その繰越残高を積立金明細一覧表として、支部に送付した。なお、右の明細表及び一覧表のいずれも、被告と支部がそれぞれ一部ずつ保管している。
また、被告は、組合のためのサービスとして、組合員各人の個人別残高通知書を支部を経由して組合員個人に送付することもあった。
(六) 預金の払戻しについては、組合員が退職その他の理由により組合員の資格を失ったとき、分会からの支部宛の文書による通知により、支部が、その名において、被告に対し、通帳とともに、中途解約連絡表と普通預金払戻請求書を提出して、預金の一部解約の手続をとることが必要とされた。支部は、右手続により払戻しを受けた後、支部と組合員との債権債務を精算のうえ、分会を通じて、組合員個人に対し、残金を返還していた。
もっとも、本件預金の名義人組合である生コン支部につき前記の組織問題が発生した昭和五八年一〇月以後同五九年夏ころまでの間、三、四の例として、被告は、組合員が、原告らのうちの一部の者が所属する組合と補助参加人組合の双方からいずれの組合にも所属していないとの証明書の作成を得て、右証明書と、補助参加人組合作成の普通預金払戻請求書の提出により、便宜上の措置として、組合員個人に対する直接の払戻しを認めたことがあった。
(七) なお、組合の会計は、一般会計と特別会計に分けられるが、闘争積立金は、右のいずれにも属しないものとして別途管理されている。
5 ところで、被告は、長期団体預金についての説明用の資料として、「労金利用の手引」(甲第七号証)、「長期団体預金の手引」(甲第八号証)を作成し、これを配布している。もっとも、右は、主に、組合の執行委員、労金対策委員向けの資料として作成、配布されたものであるので、組合員個人には配布されていない。
右「労金利用の手引」には、長期団体預金につき、「闘争に備えて、また、組合員の福利厚生のために、全組合員が一斉に積立てる預金です。」と説明し、また、別のところで、「長期団体預金は、本来組合が闘争時に備え、また、闘争に入ったときは、組合員の生活資金を確保するために、あるいは、特定の目的のために、機関の決定によって組合員が一斉に積立てるものです。積立金の持分は、もちろん組合員個人のものです。したがって、退職とか非組合員になるなど、組合員の身分を失えば払戻しされます。」と説明するなど、長期団体預金(その一つとして闘争積立金がある。)を個人的色彩の預金として記述しているが、他方で、「積立金の管理や使用、処分などは組合の決定によって、又は積立規定に定められた目的のために行われるものです。」、として組合の権利主体性を肯定し、「組合員個人に対する利息の配分は、いわば労働組合と組合員との間のとり決めですから、組合内部の実情に応じて自由に決めることができます。」とするなどして、組合と組合員との権利関係のほかに、組合と被告との権利関係の存在を当然の前提とする旨の記述がある。
「長期団体預金の手引」には、長期団体預金の意義として、「<1>組合員の全員が大会などの機関決定により、毎月、及び一時金から一定額を長期的に一斉に積立てる預金です。<2>この預金は、原則として、次の事由による外は払戻しはしないようにします。(イ)退職、(ロ)死亡、(ハ)組合の機関決定による特別な事由。<3>この積立金の管理は組合で作成する長期団体預金積立規定により組合が行います。」とし、また、「長期団体預金は全組合員が一斉に預金をし、それを組合名義で一括預入れをするという制度です。」、「毎月又は一時金から積み立てることは、知らず知らずのうちに案外高額になっていくものです。退職時にこのような思わぬ資金が入ることは非常に助かるものです。」、「預入れは、組合名義で一括して預け入れ、個人別の内訳は内訳明細表によって行います。形式上、個々の積立分は、一旦、組合に手渡し、組合はこれを組合員全員の共有財産と考え、組合名義で一括預入れをします。」とするなど、長期団体預金は、形式上は、組合名義で預け入れるものの、その実質は、組合員が自ら積立てる個人的色彩の預金であるかのごとく記述している。また、同手引には、別紙のとおり事務処理の工程表が掲げられているが、各過程における組合の関与を、被告と組合員との間の手続的な通過機関としてのそれであるかのごとく記載している。しかしながら、他方、利息の配布については、「労金利用の手引」のそれと同旨の記載があるほか、別紙の長期団体預金積立規定(例)が掲げられ、その第一条(総則)、第三条三項(預入れ方法)、第四条(通帳の保管)、第七条(利息)、第八条(積立金運用)等は、概して、組合の権利主体性を強調する方向で記述がなされている。
6 本件預金については、前記預金名義人組合につき、昭和五八年一〇月一〇日、組織問題が発生して以来、その権利の帰属が問題となっている。現在、同組合名義の資産や労働金庫に対する預金について、補助参加人組合(補助参加人は、登記簿上、全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部から運輸一般関西地区生コン支部労働組合、関西地区生コン支部労働組合を経て、現在の全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部の名称となるに至っている。)と、全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部(執行委員長平岡義幸)の組合が争っており、現在大阪地方裁判所昭和五九年(ワ)第四一九三号、昭和五九年(ワ)第五五三五号事件として係属し、右事件はいずれも労働金庫が被告となり、右のそれぞれの組合が参加するという形態で進行している。
7 以上認定の事実によれば、いわゆる闘争積立金としての性格を有する本件預金は、組合の闘争力を強化するため、その財政的裏付けとして、支部大会の決議により採用された制度であること、本件預金口座の名義人は、生コン支部であって、その届出印鑑としては組合印が届出されていること、そして、支部において、右預金の通帳と届出印鑑を保管していること、本件預金の管理等は、本件積立規定に基づいてなされること、本件積立規定は、その第一条、第二条において、組合の設立目的を達成するための財政的裏付けを確立するために本件預金をすることをうたい、具体的には、組合員の積立目標額及び最低積立額を定め、その管理の主体を組合とし、積立金につき、組合の担保設定による処分権限をも認めるなどしていること、また現実にも、本件積立規定の定めに従い、組合が組合員から金員を徴収したうえ、組合の名で預け入れ、かつ、組合の名で払戻しを受けていること(なお、前記一4(六)認定のとおり、被告が組合員に対し、直接払戻しに応じた例があるが、これは、被告が便宜上の措置として認めたものであって、このことから、組合員が被告に対し、直接払戻しを請求する権利があるとすることはできない。)、その管理は組合(又はその指示により被告)がこれをしていること、また、現実に、生コン支部は、本件預金を担保として、被告から金員の貸付けを受けたことがあること、なお、被告作成の各手引には、部分的に闘争積立金が個人の預金であるとうかがわせるかのごとき記述が散見されるが、弁論の全趣旨によれば、これは、被告の預金獲得という営業政策的観点から、権利の帰属の個人的色彩を強調することにより、組合員の指示を容易に得るべく、記載されたものと推認することができ、その記述は、全体的にみて必ずしも統一性があるとはいい難いものの、その基本的認識としては、本件預金につき、組合の権利主体性を貫いていると認められること、以上によれば、本件預金は、原告ら組合員の委託に基づき、支部が被告に対し自ら預け入れた組合の預金であって、その権利は支部に帰属するものということができる。
二1 原告らは、請求の原因2の(一)において、原告らは、被告に対し、本件預金につき、直ちに、払戻しを請求することができると主張する。
ところで、右主張は、本件預金が原告ら組合員個人のものであることを前提とするものと認められるところ、前記認定のとおり、本件預金の権利者は組合であるというべきである(もとより、組合の事実上の分裂により預金者が組合から組合員個人に変わることはありえないところである。)から、原告らの右主張は、その前提において失当であるということができる。
しかしながら、右の点はひとまず措いても、以下に検討するとおり、原告の右主張は理由がない。
すなわち、原告は、本件預金の名義人組合の事実上の分裂により、右預金の根拠規定たる本件積立規定は事実上その効力を失い、本件預金は闘争積立金としての制度目的から解放されたと主張するが、組合の事実上の分裂のゆえに、何故に、本件積立規定が効力を失うのか合理的理由があるものと認めることはできない(原告が本件積立規定が「事実上」効力を失うというのもその趣旨が定かではない。)。それゆえ、本件預金が闘争積立金としての制度目的から解放されるというのも根拠があるものとはいえない。
結局は、補助参加人組合と原告らの一部が所属する組合との間で、本件預金につき、その権利の帰属が確定されるべきである(それゆえ、原告らは、右確定の後、本件預金の権利の帰属主体による被告からの払戻しをまって、各積立て分について返還を受けるべきである。)。
したがって、この点の原告らの主張は理由がなく失当である。
2 次に、請求の原因2の(二)について検討するに、右は、本件預金が原告ら個人のものであることを前提とするものであるところ、既述のとおり、本件預金は組合の所有に係るものであるから、原告らは、被告らに対し、直接払戻しを請求しうべき根拠はないので、原告の右主張は、その前提において失当である。
3 請求の原因2の(三)についても、本件預金の権利が原告ら個人に帰属することを前提とする点において失当であるし、また、生コン支部の事実上の分裂により本件闘争積立金制度の目的が消滅するというのも合理的理由があるものとは認め難いので、原告の右主張は、いずれにしても失当である。
4 原告は、請求の原因2の(四)において、本件預金を原告らに払い戻すについて何ら支障がないとも主張するが、既述のとおり、本件預金の権利者は組合であるから、原告ら個人に対する払戻しの支障の存否を論じても意味がなく、原告の右主張は理由がない。
三 よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文、九四条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中路義彦)